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イギリスのウコッケイ

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向こうから駆けてくるウッコッケイ

オーピントンとライトサセックス
  日本に一時帰国すると私は何冊か図書館から本を借りるのですが、この冬はその中にニワトリの卵がテーマになったものを選びました。子供時代に家でニワトリを飼っていたものですから、自家製の卵がどんなにおいしいかを知っており、けっこう消費する事の多い卵の購入にはいつも気を使っているのです。卵の生産の現状を知るのも面白いだろうという好奇心からでした。
 日本では人口より多い数のニワトリが飼われている(これは肉用卵用両方混ぜての数字)とか、そんなにたくさん飼っていても加工用の卵が輸入されていることとか、加工されたものの中にはどこを切っても黄身が真ん中にあるように金太郎飴みたいにつくられたもの(たしかロング卵と呼んでいた様に記憶しています)があるなどと興味深い話がありました。なんとそのロング卵、その後日本から英国に戻る飛行機の食事で、サラダのなかにスライスされて入っていたのです。本来ゆで卵とは真ん中に黄身があっても端にいくにしたがって黄身がなくなり形も小さくなるはずです。それがどの一切れも真黄色の黄身が同じように真ん中にあるように加工されているのです。私はあれを読んでいなかったらその不自然なゆで卵に気がついたかどうか自信が持てませんが、読書のさっそくの効果を喜んだのでした。
 今回の帰国中の一夕、夫の郷里の福岡で幼馴染の御招待を受けて一家でお邪魔しました。すると、その日の午後2時に絞めたというシャモが鍋になってでてきました。本来鶏肉には魚並みの新鮮さを求めるべきだと読んだことがありますので、彼の心意気がしみじみと伝わってきました。ささみが刺身になって運ばれてきたり生卵の味見があったのも、得がたい体験でした。
 ジャーナリストだった彼は第一線を引いてから野菜作りを本格的に始め、ウコッケイを含めたニワトリの飼育のほか蜂も飼って蜜もとっておられます。そこは福岡市に続いたほとんど市街地ともいえそうな土地柄ですが、私の憧れの生活ぶりでした。
 この話を英国でご一緒だった友人に鎌倉で会った際に話しましたところ、ブライトン近くに住んでいる久子さん(拙著の登場人物でグラインドボーンオペラに行きやすいように住む所を決めた)がウコッケイを飼い始めたというニュースがとびだしたのです。浅学な私はウコッケイは中国か日本だけのものと思っていました。イギリスでも飼う人がいるとは青天の霹靂で、帰英後さっそく車を飛ばして見学してきました。
久子さんは昨秋日本に帰った時に妹さんがウコッケイの酢卵をつくっておられ、時差にもいいと飲まされたのだそうです。もともとニワトリを飼いたかった彼女は、帰英の後いろいろ手を尽くして受精卵を求め孵化させて、ウォールド・ガーデン(レンガの壁に囲まれた庭)の中で飼っていました。なるほど高い壁に守られたここならキツネも手が出せないわけです。
私が一人で写真を撮るためにそこに入った時には、えさをもらえるかと向こうから6匹が大急ぎで駆けてきて、その愛らしい姿にすっかり魅了されました。とても友好的な性格とのうわさどおりで、私も一時帰国のような長い旅行にでかけないならすぐにも飼いたいものと、また新しい誘惑にさらされております。
ここではウコッケイはsilkie(シルキー)と呼ばれています。どの程度飼われているのか調べてみたのですがはっきりしませんでした。ただそのかわいいサイズと独特の姿が人気を呼び、同好の士がクラブを作っていました。バウザー夫人というクラブの幹事に早速電話でお話を伺いました。
メンバーの数は250人余り。その方は2,3百羽を飼っていて、産まれた卵は家庭で消費したり友人に分けたりで、商業ベースでの販売はしていないそうです。彼女だけでなくこの国ではウコッケイの卵は一般に売っていないようです。紅茶で有名な食料品店のフォートナムメイスンや棺桶以外は何でも売っていると云われているハロッズにに行ってみたのですが、「あれは趣味で飼われているから市場には出ない」とのことでした。
日本や中国ではウコッケイの卵の医学的効果を珍重する傾向がありますが、彼女はここではそんなことは聞いたことがないとのこと。私がその卵を食べ続けているあなたはきっと素晴らしく健康でしょうといいましたら、大笑いでそれはそうだとのお返事でした。そして私のこのような取材の電話を受けた事を会報に載せると、こちらの話を詳しく逆取材されました。とりあえず酢卵を飲んでみるつもりの私は、その結果を報告するはめになったのもなんだか楽しい展開です。
ウコッケイはこうして調べてみますと、世界の各地で飼われているのがわかりました。賞を取った写真をインターネットで見ますとそれはそれはきれいな羽で、お訪ねする前に久子さんが「こんな天気だから頭なんか泥がついて汚れているのよ」と残念がったのもうなずけます。まさかシャンプーする暇もないしと冗談で言っていましたが、ショウに出す人たちはきっと犬や猫のショウの様に磨き上げているに違いありません。
彼女の家では黒と白の品種がいましたが、庭の他の場所ではオーピントンとかライトサセックスという品種も飼っていました。どれも囲われて守られた広い場所で自由に遊びまわっており、日本から帰ってきたばかりの私の目にはやっぱりイギリスの生活は人間ばかりかニワトリまでいい住環境で暮らしているんだと思った事でした。ただし申し添えますが、日本列島の太平洋側では冬の太陽の明るさ暖かさは何ものにもかえがたいすばらしさです。北緯50度のロンドンの冬はとにかく光が弱くて、あちらよければこちらがたたず、こちらよければあちらがたたずで、何かを我慢するようになっているのですね。
久子さんはとれた卵をせっせと酢につけて近所の誰彼に配っていますが、その味に閉口しているイギリス人のご主人のお話では、「皆あまりウェルカムでななくて彼女が来ると隠れていないふりをするんだ」ということです。どこまで本当の話かは?ですが、これを飲んだ誰それは3ヶ月で糖尿病がなおったとか数々の事例をあげて友人・知人に説明し、皆の健康を願って酢卵を分けている久子さんはやっぱりすてきだなと拝見してきました。
見学という名目でお邪魔した私たちは、帰りにはお土産のびんをしっかり抱えて辞去したのです。それぞれの心にはかわいい鶏たちののびのびした暮らしぶりと、それを見守るやさしい人たちの姿がくっきりと刻まれた事と思います。







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